ナノチューブの科学と応用は、着実に進展してきた。また逆に現在 の問題点もはっきりと分かってきた。これらの問題点をこの節で一 度整理し、新しい研究者の新しい発想による参入に期待したい。
チューブの大量合成:
実験室レベルでナノチューブの有用性は、いろいろな方面で実証さ れた。例えば電場放出源の応用を考えるにしても、ナノチューブを 高品質で低価格で生成することが重要な鍵となってくる。現在アー ク放電を用いる方法が、レーザアブレーションを用いる方法より、 単位時間あたりの収量は多い。しかし1日連続運転をしても、依然 グラム単位のナノチューブしかできない。CVD 法を利用した大量合 成が強く望まれている。既にカーボンファイバーにおいては、その 技術は確立しているので、その技術展開は決して茨のみちではない と楽観している。大量にサンプルが供給されれば、また基礎研究に おいても従来難しかった、NMR やそのほかの実験が可能になってく る。もちろん応用としては、電池や水素吸蔵、または太陽電池など の展開は急速に開けると考えられる。カーボンファイバーの分野は、 現在日本の工業の独擅場である。日本の工業こそがナノチューブの 合成に大きく市場を取ることを期待している。
チューブを生やす:
できたナノチューブを特定のところに付ける技術は微細加工をする 上で重要な技術である。この方法として、(1) 特定の場所にナノチュー ブを成長させる、(2) ナノチューブを特定の場所に印刷する とい う 2 つの独立した考え方がある。前者は、触媒を特定の部分につ けて成長をさせる方法で、既に実現している。しかしこの場合の問 題点は成長温度が 1000 度程度なので、基板は高融点の材料(一般 に伝導性のわるいもの)しか可能でない。低温で成長を可能にする ような触媒や条件を探すことが望まれている。後者の方法は、印刷 技術さえしっかりしていれば、半導体基板や、電極上につけること は可能である。既に、銀ペースト、銀ろうといった比較的身近な材 料で、電極上につけることはなされている。しかし究極の 1 本の ナノチューブを、半導体回路の上に組み込むような技術は、電子顕 微鏡下での建築工事が必要になってくると思われる。Zyvex 社の先 駆的な仕事は、今後の大きな展開の方向を示していると考えられる。 もう一つ多孔質材料の中に触媒を蒸着して、ナノチューブを成長さ せる方法が多く利用されている。特に方向を揃える技術として、ナ ノチューブのラマンの実験に孔の中で成長したまま測定する Sun(Hong Kong)らによってある。機械的な強度を得る場合には、こ のような孔の中の成長も重要な手法の一つとなると思われる。炭素 の世界であるから、生物を利用した生成法などは考えられないであ ろうか?
電子素子:
ナノチューブの半導体素子としての実現は、まずは特殊用途の 1 つの整流器、1 つのトランジスターから作ることが期待されている。 小さい空間に膨大な電流を流すことが可能であり、また高温でも動 作が期待出来るので既存の半導体の知識と技術で試作品が出来るの を期待している。また表面積が大きい特徴を生かして、キャパシター などは簡単に実現できよう。そのうえで特性をどこまで高めること ができるかが技術競争の焦点となることが期待されている。また人 工筋肉に代表される電磁気的力(マックスウエルの応力)を利用した、 微細な動力系も新しい素子として、注目できる。医学がミクロの世 界を直接見て治療する時代に、人間に代わって小さなロボットが生 体に入り、病的な組織を治すことが真剣に議論されている今の時代 にこそ、この素子は一つの動機となると期待されている。
化学への応用:
ナノチューブに関していえば化学への応用について大きな進展はな
い。その大きな理由がグラファイトが化学的に活性でないからであ
る。その例外がフッ素である。グラファイトの表面にフッ素が吸着
すると、その骨格が sp2 から sp3 に変化して、電子状態も
大きな変化をする。スピンが局所的に誘起されることが知られてい
る。このような変化を利用した、化学的な応用は考えられないであ
ろうか? 物理的には、
電子系を修飾し輸送特性に変調をかけ
ることができるのではないかという議論が榎(東工大)によってなさ
れている。純粋に化学的な応用が期待されるところである。化学の
研究者に期待したいところは、ナノチューブを水溶性または有機溶
媒に溶けるようにすることである。C60は、有機溶媒に溶けた
ので、その精製は比較的容易であった。ナノチューブは分子量が大
きいので一般には難しい。しかし最近の研究では、表面活性剤を利
用して溶かす報告がある。この表面活性剤も奥の深い分野であると
思われるので、この分野の研究者の参入を期待している。
カイラリティの分離:
最後にナノチューブのカイラリティ(螺旋度)の分離が究極の技術で ある。触媒の選択によって、半径の大きさをある程度制御できるよ うになってきた。しかし、特定のカイラリティだけを精製する手段 は全く無い。半径の微妙な差で分離するのは非常に難しいと思われ る。また電気的な違いで分離するのも、カイラリティと半径が密集 する領域では非常に難しい。現在唯一可能性が期待されているのは、 非常に直径の小さいナノチューブの精製である。直径が 5以下 になると、とりうるカイラリティの数も非常に限られてくる。これ ぐらいで、多孔質の物質を利用した半径制御を行うことができれば、 特定のカイラリティだけを分離することが可能であろう。直径が 1nm 程度になると、それこそあっというアイデアがでる以外には非 常に難しいと思われる。成長機構が十分に分かって、特定のフラー レンを種として特定のナノチューブだけを成長出来れば可能かもし れない。その意味で成長機構の解明は重要な問題であるといえる。